8ビット箱

自分の音楽は、自分の日記

自分のやってる音楽がいいもの作ってるなんていう自身は全くもって無いんだけど、SNS等を使って告知とかしても見向きもされないのは流石に心が折れそうになってしまう。 だけどそういう風に思うこと自身が既に危なくて、もしかすると自分は気づかないうちにSNSへ依存してしまってるのでは?と思ったりも。 そもそもSNSで反応してもらえるのはやっぱり既に有名なミュージシャンだからこそなのかもしれない。 周りの反応がより明確くっきりに見えるSNSだからこそ、余計にツラく感じてしまうかもしれないのかな、とも。

もともと今までは、曲が完成すれば自分が作って運用しているウェブサイトへ淡々と載せて公開していくだけで満足していた。 バンドを組んでいた時は、まだインターネットもあまり普及していなくて、基本的にはライブをやったとき聴きに来てくれる人たち一人一人に感謝して、そしてその喜びがモチベーションに。

だけどここ最近はSNSの影響もあってなのか、周りの人が反応してくれると自分が今まで感じられなかった嬉しさとか、それと音楽へ対するモチベーションが想像以上に大きく強くなることに依存してたような気がしてきたわけで。 だからこそ、周りの反応が見られないことへの何とも言えない寂しさとか悲しさとかが、より大きく感じてしまうのかな。 そして無用にモチベーションを落としてしまうという結果に。 たぶん、今は一人で音楽やっているし、ライブする機会も無く(&勇気も無く)、ネット上で公開しているだけだから、というのもあるかもしれない。

少しリセットした方が良さそう。

自分はプロじゃ無く、音楽で生活をしているわけでもなく(一時期は少しだけ仕事もしていたけど)、ただ好き勝手に趣味の範囲でやっていた音楽のはず。 好きなように曲を作って(世間ウケしない暗いイメージの曲が多いのも特徴)、そしてあまり上手くないけど好きなフレットレスのベースを弾いて、自分好みの音がする1曲1曲が完成していく。

自分の音楽は、実はちょっとした自分の日記みたいなもので、その時の状況とか気持ちとかが大体そのまんま入っていて、昔作った曲を聞き返すと曲の善し悪しとかそういうのではなく、当時の自分に起きていた事や感情を思い返せるものであったりするわけで。

誰かに聴いてもらって、誰かに感動してもらいたい、という曲作りはまさにプロの方々が精魂込めて作られる音楽であるけど、自分の作っている音楽は「日記」や「個人ブログ」みたいなものだから。

なのに、最近ちょっと勘違いしてた。

これからは、もうSNSとか使っての告知はやめよう。 アップする場所は今まで通りにして、もし誰かが自分の作っている音楽を発見してくれて、もし誰かが自分の作っている音楽に共鳴してもらえたら、それはきっとすごい偶然で、それもまた本当に嬉しく思うわけで。

客観的に聴いて良い曲ができるときも、残念な曲も出来てしまう。
それは、自分の音楽は、自分の日記だから。

これ気づくことに、結構時間かかってしまった。

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