8ビット箱

SNSで愚痴

Twitterへ愚痴をついつい書きたくなる衝動に駆られることがあって。

実際に書いてしまうこともあるんだけど、1~2分経つと慌てて消してることが何度も。

例えば、今日の朝。

通勤途中の駅へ向かって歩いているとき、前方から自転車が。

自然と横の隅に寄って歩くんだけど、ちょうどすれ違う人もいて、その間を無理に自転車が爆走。

思いっきりわたしの腕にぶつかってきた。

痛い。かなり大きな衝撃。

でもそのまま自転車は気にせず爆走して去ってしまった。

「自転車がぶつかってきた。ぶつけられた腕が真っ赤。でも何も言わずにそのまま行っちゃった。こういう世界だったっけ。」

Twitterへ、つぶやいてしまった。
痛い腕を抑えながら。

つぶやいた後、自転車に乗ってた人も痛かったと思うけど、だいじょうぶか?と。

そして自分のつぶやきが単に「攻撃的な愚痴」見えてきて、削除。

でも、どうして愚痴をSNSへ投稿してしまうんだろう、ってちょっとだけ考えてみた。

あくまでもわたし自身のことだけど、たぶんそれは愚痴が気軽に言える相手が居ないのかもしれない。

瞬間的なストレスの発散?
確かに当てられた直後は気分が悪かった。

構ってちゃん?
それは無いと思う。 もともと幼少期から一匹狼な性格で孤立も慣れてるし。 決して協調性が無い、とは違うんだけど、わりと独りが好き。

承認欲求?
少しはあるかもしれない。
でもあまり強くもない。 ブログ書くほうが好きというのはそういう性格の表れだと思う。 Facebookも一時はやってたけど、むしろ「周りの人たちの承認欲求」に疲れてやめたくらいで。

愚痴を混ぜつつ注意喚起?余計なお節介?
これはちょっと意識してることが多いかも。 Usenet/NetNews時代からインターネットに触れている人はわかるかも? って今は「なにそれ?」って人がほとんどだろうけど。

愚痴を言う相手が居ない?
家族も友達もいるけれど、さっと「手軽」にスマホをポケットから取り出して書き殴る。

この「手軽さ」が危うい気がしてきた。

やっぱりこれは良くない流れというか、あまりに簡単に「世間」へ向けて声を出せる「道具」が発達しすぎてるのかな?

インターネットやSNSが悪いとは思わないし、思いたくもないけど、便利なモノや道具が進化していくことで、ネガティブな影響もあるのかなと考えてしまう。

特に限られた文字数や、そもそも「文字を打つ」ことの煩わしさで、言葉がどんどん端折られていく。

誤解が無く伝わればいいけれど、読み手側が大いに誤解してしまって、スルーができない悪い解釈をされてしまう確率もアップ。

そして、ネットで炎上。

どうなんだろう、これ。

みんなは、この発達したインターネットや自ら世界中へ情報が伝えられることができるSNSなどで、幸せになっているのかな。

個人的には本当にSNSだけはやめたい。

可能な限り、レガシーな「電子メール」だけでやり取りしたい。

だけど、それ(SNS系)を使わないと連絡ができない人が多くて、やめられない。

そういう時代になったんだから、と自分に無理やり納得させている今。

全部やめて、付き合いも全てぶった切ってしまう手もあるかもしれないけど、人との繋がりや付き合いは大切にしたいから、その選択は自分に無くて。

結局のところは、こうやって愚痴をここへ書き殴っているんだけど、どこぞのタイムラインに流して、無理やり読まされるものでもないから、いいんじゃないかな?

と思う、今日この頃。

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