8ビット箱

SNSのS/N比

とりあえず有名どころのSNS系サービスには一通りアカウント作って、一応それなりに使ってみるけど、使い続けられずにそのままフェードアウトしてしまう。

飽き性なのかな?と思ったりもしたけど、それなら古いゲームとかすぐにやめてしまっているだろうし、20年以上も独りでベース弾いたり、ほとんど誰にも聴いてもらえない曲を作り続けて公開したりと、自分は全然飽き性では無いと思う。

TwitterやFacebookとか、今もアカウントはあるけど、週に1度のアクセスさえやらなくなってきて、アクセスしてもタイムラインの上にある3つ4つを見てそのまま閉じてしまう。

ブログって、流行りだしてから結構時間も経ってるし、何となく古いスタイル、っていうイメージがある気がするけど、今でも結構見てる。 検索エンジンに引っかかった情報の先がブログだったりすることはよくあることで。

SNSって、とりあえずアクセスしたら、フォローしてる人、友人つながりの人たちの書いたものが、ザーッと出てくる。 これがSNSの魅力だろうし、「読み流していく」という軽い感じで利用するのが、いわゆる「SNS的な使い方」なのかもしれないけど。 でも、どうやらそれが自分には合わないことがわかってきた。

一言で言うと、「見たいと思わない情報が多すぎる」。

当たり前なんだけど、SNSのタイムラインとブログって、全く見る方法も違うし、使う意図も違うのもわかってるつもりなんだけど。

「しんどい」 「眠い」 「腹減った」
「それはイヤ」 「あれが面白い」 「これ買った」
「ここに来た」 「わたしはそう思う(誰に主張?)」
などなど……。

最初は「へー」とぼんやり見るくらいだったけど、興味の無いのことが延々と流れ続いたりすると、読み流しという動きに変化していくわけで。

行き着いたのは「他に時間(&お金)使った方がいいや」と。

何かを語っていたりする人や、がんばって何か情報を伝えようとしてる人もいたりして、貴重な情報に出会ったりすると「そうなんだ!」と驚いたり、好みの写真がTL上に流れてくると「おぉ、すごい!」と感動したり。

SNSのTLって「待ち」の姿勢なのかな、って。

この姿勢だからこそ、おそらくは「みたいと思わない情報が多すぎる」という状況になって、最悪なところへ行き着くと「あぁ、時間の無駄」。 ちょっといじわるな言い方をすると「情報の押しつけ」って感じ。

自分が見たいことや、欲しいことがあれば、恐らくほとんどの人と同じように「検索」でウェブサイトを探したりして、Wikiやブログなどにたどり着く。 自分から「取りに行く」という姿勢。

友人とは別にSNSじゃなくても話したいことを話せる、会って遊ぶことも、酒飲むこともできる。 連絡手段としてのSNSでつながる、というのが今のところ自分の使い方。 だけど、本音としては、よっぽどメールの方が便利だし、昔、こういう話してたなー、と古いメールを見たりすることもできる「思い出」としても残せる。

SNSも同じように長く残せば「思い出」として残せるだろうけど、自分にとって無駄な情報が多すぎるせいか、すべてが「軽く」感じてしまう。 軽い感じで人とつながるには、ちょうどいいのかな?でも、実際に会ったこともないし、どんな人なのかもわからない人とたくさんつながってる状態で

「今日は暑いな!(´д`)」

とつぶやく事は、周りに沢山の知らない人がいる駅ホームのど真ん中に立って大声で

「今日は暑いな!(´д`)

と叫んでることと同じと思うと……。考えすぎ?

そして、この無意味、無価値な文章。
ここまで読んでもらえる可能性は低いと思うけど、読んでくれた方には感謝したいです。

ありがとうございます。

そして、この文章、読みたいと思っていない人がいて、それがダラダラとTL上に流れてきたらどうです?

ほぼ間違いなく、読み流されるでしょう。

でもだいじょうぶ。
探そうとしなければ見つからないこの駄文。
他人のTL上に「勝手には表示されない」ので安心です。

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