8ビット箱

過去の便利、今の不便

ネットがまだ普及していなかった時代、例えばプログラマが何かコードを書いて、それを渡す方法は何かしらの物理メディアに頼ることが当たり前。

紙媒体であればコードをプリントアウトしたものだったり、パンチ穴が開いてるものだったり。 磁気媒体であればテープだったり、フロッピーディスクだったり。 光媒体であれば、MOだったり、PDだったり。 メディアを運ぶ方法は手渡しだったり、郵便で送ったり、急ぎのものだとバイク便使ったり。

今それを思えば、不便、という人もいるだろうけど、当時はこれが当たり前で、MOとか使えるようになった時には、こんなに容量が増えて便利な時代になった!と感動してた。読み書き速度もフロッピーディスクよりずっと速いし、記録データも壊れないし、メディアの物理的に頑丈だったし、すごく「便利」だった。

新しいものが出てくると、「より便利」になっていってるけど、決して過去のそれが「不便」と自分は思わない。 新しいものが出てきて、それが普及していくと、今まで便利で使っていたものが徐々に使われなくなって消えていく。

音楽の世界だと、レコードとか、カセットテープとか。 最近また使う人がほんの少しだけ増えてきたみたいだけど、そんなの極僅かだと思う。

それを好んで使っている人たちにとっては(例えばわたし自身)、その変化がちょっと受け入れがたいときもあるわけで。 それを楽しんでいることもあるから。 それが新しいものと比べて時間がかかるものであっても、その時間を楽しんでることもあるわけで。 だけど時代はそういうのを躊躇なく消し去ってしてしまう。

最初に挙げたメディア(テープやフロッピーディスク)なども今では手に入りづらい、もしくはもう売ってない、製造していない、となっていくから、諦めるしかなくて。 今の自分が直面していることは、今も使い続けている古い楽器ではまだフロッピーディスクも必要なのに、強制的に使えなくされてしまう、この世の中の流れで。 機械は壊れていない、まだ今も使えるのに。 無理矢理に全く望んでいない流れに流されてしまっているわたしのような人もいるわけで。

今、おいしいって食べてるその「手段」も未来は不要になるかも。 食べてるその「行為」が古臭い手段になっていたりして。 何かを味わって食べるなんて、そんな時代遅れなこと、まだやってんの? とか言われる日が来たりして。

そして最後は、その「人」がほとんど要らなくなる時代が来たら…?

テクノロジの進化は、人を幸せにするのかな、不幸にするのかな?

 [feed]


(C)2013-2021 hide.h all rights reserved. powered by all of my old memories.